15章 案内人その二
「ん……あれ? 何なの、ここ」
目の前には、何だろう?
暗闇の中でなければ、光があふれているわけでもない。
光と闇が両方あるって言うの? 中途半端って感じ。真っ暗なのに眩しい。
薄暗いところとか弱々しい光がなくて。光と闇が交わることがない。
『だぁ……かっ、な……して! れか……とかし……よ!』
「え?」
何なの…? だれかいるの? 途切れ途切れじゃサッパリわかんないよ。
うーん、鈴実ならわかるんだろうけど、私にはわからない。どうしたらいいの?
『森。一人では行く事ができない、だが二人なら』
脳に直接! 右手の剣から波動が出てる。
ひょっとして、剣に魂とかあるの? そんな事ない、よねぇ。
剣を見てみる。あれ、そういえばなんで持ってるんだっけ。剣は床に置いたよね。
そういえば、この剣はダイヤモンドでできてるから透明で透けててキレイ。
敵がでてきてこの剣で倒してたら汚れちゃうのかな。
「だけど、此処は?」
寝てたのに。もしかして夢?
こういう時は頬をつねるのが一番! これで痛くなかったら夢なんだよね。
「いったー!」
痛いって事は現実なの? どうして。ラガはいないし。って風景が変わった!
ここ、森の中? だけど木が枯れてる。花もないし。
『グラグラ』
「わっ、じ、地震!?」
足元をみると……って足場がない!?
そう思った瞬間、落ちてくスピードがあがっていったような。
『ヒュ―――ッ』
「ひゃああああっ!」
何とかしなくちゃ……そうだ、魔法がある! こんな時にこそ使わなきゃっ!!
「雲よ我に加護を!」
何も変わらなかった。そういえば、ヒントに魔法のない世界って書いてたような。
つまりこの世界じゃあ魔法が使えない? どういう原理で?
どうして私が魔法を使えるのかっていうのも気になるけど。誰かに習ったわけでもないのに。
でも今はそんな事考えてる場合じゃない。どうしろっていうの!
『ボンッ』
「ひゃっ」
下に柔らかいものがあったから助かった、のはいいんだけど。何か、いやな気がする。
『シュルッ』
うっ、これ。やっぱり昨日の穴の底! ツルみたいな得体の知れない触手が真正面から伸びてる。
「こうなったら……」
いままで武器なんて使った事なかったけどやるしかない! とりあえず剣で触手に攻撃。
『スパッ!』
触手から血はでない。……植物なのかな。また襲いかかってくる!
「えいっ!」
一本切ったけど今度はいっきに五本襲いかかってきた!
ひゃぁ──! でも、横からいけばっ。
『ズババババッ!』
ふー、どうにか五本とも全部切れた。ありがとう靖!
おかげで剣の扱い方とかわかったよ。見よう見真似でも結構いけるね。
わっ! 今度は後ろから! 一体いつの間に。
「あれ? 一つだけ色が違う」
うねってる緑の触手の中で一本だけ一回り大きくくて赤い。こういうのが弱点だったりしそう。
赤の触手を切り落とした。その先には何か、誰かいるの?
『グイッ』
「今度は何!?」
後ろにひっぱられたかと思ったら景色がまた変わっていく。
それが終ると、森の入り口に私はいた。
「何だったの、さっきの」
ホントになんだったんだろう。剣で触手を切ったら……あれ? 剣がない。
うーん、謎。とりあえずあの家に帰ろう。
「あっ!」
扉を開けて中に入る。私が寝ていたはずのベットは、妙にぽっかりと寝てた時の形を残した布団があった。
うわあ、私って夢遊病じゃないよね? あんなにもくっきり布団が崩れてないのもおかしいけど。
でもベットの上よりも下のほうが私にとっては驚くべきことだった。
だって、ついさっきまで手に持ってた剣が床に転がっていたんだもん。
「何だよ?」
「あ、ラガ。おはよう」
どうなってるの、一体。さっきのは夢なのかな。でも頬をつねったら痛かったし。
うーん。いろいろとメルヘンでヘンテコな場所に迷いこんじゃったからなあ。
居心地はいいけど夜みたいに怖い場所が暖炉と繋がってるし。
あれって、よくよく考えれば迷宮みたいだったよね。それに多分、外の景色からして地下の。
「お前も早いな。しかし、なんでこの剣があるんだ?」
笑ってごまかした。どう言えば良いのかわからないし。
ラガが感電しない前に私は剣を拾った。鳥には電気技って効果抜群なんだもん。地面技は全部効果ないけど。
「ねえラガ、森に行こう?」
「ん、ああ。随分と余裕があるんだな、笑うとは」
「そう? そんなつもりなかったんだけど」
「別に悪くは言ってない。いい笑顔はいい影響を与える」
「ふーん。言われてみれば、そうかもね」
確かに昨日と比べてラガの雰囲気がよくなった。笑顔って、いくらか効果があるんだね。
うんとでも、鳥にそこそこの効果があるってことは何タイプの技だろ。普通にノーマルタイプかな?
森に行くと、すぐ穴の前についた。うん、覚悟を決めて降りなきゃ。
一度しっかり深さを確認。
深呼吸を二度して、準備体操がてらのジャンプを。
その三度目に穴へ飛び込んだ。
「よっ、と」
「おい!?」
『ヒュ──ッ』
けど降りた時、着地がうまくできるかな?それだけが心配。そうそう、剣をしっかり握っておかなきゃ。
ついたらすぐさっきの赤い触手を切ればいい気がする。勘だけど。
『グイッ』
「うわっ……ラガ?」
あ、また人になってる。翼人になって私を掴んだ。ラガって人になると大きいよね。
美紀のお兄さんより大きい。確か陽二くんは高二だっけ?
「なに自分から落ちてるんだ!」
「ちょっとねー、ってうわぁ来た!」
私が言おうとしたら触手が。しかも突然だからラガから引き離されて急降下。
「ぶつかる!」
目の前に地面! ひっぱっていたのは……赤い触手!
これを切らないと、と剣を振っても暖簾に腕押し。かろうじて弾くことはできるんだけど。
くぅー、空中だからうまく切れない。良くて刺さるだけ。
ラガはほかの触手に阻まれて来れそうにない。
剣を抜いてまた同じ所を切らないと。あー、ホントに剣持ってて良かったよー。
此処じゃ魔法が使えないとなれば唯一の武器だもん。なかったら今頃どうなってたことか。
「えいっ!」
今度は切れた。だけどほかの触手も落ちてきた。うわっ。
「まったく、ヒヤヒヤさせる奴だな」
いつの間にかラガが横にいて、抱えられていた。おまけにまた浮上してる。
はー、危ない危ない。あと数メートルで地面にぶつかるところだったよー。
「なんだ? 底に誰かいるのか」
ラガの視線を辿っていくと……あ、本当だ。穴の底に誰かいる。
「ラガ、降りてみようよ」
触手も動かなくなったし。大丈夫だよね?
ゆっくり降りながら穴の底に足をつけた。目の前にはオレンジの触手づくめで茶髪の女の人がいた。
「そこへいらっしゃい。誰だか知らないけどありがとね」
「こんにちはー。お邪魔し」
「私ったらあの触手に抑えこまれててさー、逃げられなくて困ってたんだ」
「あのー、あなた誰なの? それに、そこへいらっしゃいって。此処は一体ど」
「よく聞いたわ。私は案内人その二、スミレ」
「はあ、そうで」
「でもどうして私が二なの? 不満よ。その一もいないのに。一番には私がふさわしいでしょう」
うー。さっきから話の腰折り曲げられっぱなし。ハイテンションな人だなぁ。
ラガは少しむっとしてるかもしれない。話の当人だもん。そう思ったけどラガはすました顔で言った。
「俺が案内人その一だ」
「ぬわんですってぇ!? あたしったら、こんなさ」
「わーっ! わーっ! ああああ!!」
この人とラガが言い合いになりそうだから、話がそれる前にきかなきゃ。
スミレが今にもつっかかりそう。冴えない男とか口にしかけてたよね今の!
そう踏んで大声を上げたら、さすがに二人とも私に注目して静かになった。
スミレが呆気にとられてるうちに、畳みかけるようにして何か言わなきゃ!
「だーかーらーっ、此処は何処なの?」
「そこよ。そ、こ。この穴はそこって言うの。ホラ、右の看板にそう書いてあるでしょ?」
そんなバカな。スミレの指差す所を見ても……看板があった。ええ、ありました。おっしゃるとおり。
「ホントだ」
現在地 そこ。底です。こそあど言葉でもなく、ただの名詞としての、そこ。
赤い文字でちゃんと書いてある。そ、そこって……ネーミングセンスなさすぎだよ。
普通あんな書き方されたら誰だって代名詞として読んじゃうよ。まぎらわしすぎ!
悶々としつつも私は考えを切り替えることにした。過程はどうであれ、結果的には一歩前進したし。
えーっと確か……ヒントでは、そこへ行き二へ。そう書いてあったよね。
案内人その三へは二を信じる事って書いてあったけど次はどうすればいいの?
ラガと同じで、どうすればいいのかなんて知らなさそうだもん。スミレはついさっきまで囚われの身だったし。
「うーん。見つけたのは良いけど」
「あら、どうしたの浮かない顔しちゃって。しょーがないわね、空の散歩へいかせてあげるわ」
けろりとスミレがいった。空の、散歩? 散歩ってそんな、どうやって。
「ふぇ?」
ヒョイ、とスミレは私を抱き上げた。え、もしかしてレリ同様に可愛い顔して怪力ちゃん?
ああでもお姫様だっこ初めて……じゃなくて! そんなっ、軽々とスミレに持ち上げられちゃった!
「ちょっと──っ!? スミレさん!?」
「いっ、く、わ……よ──っ!」
『ブンッ!』
「ぎゃあああ──っ! 助けてラガァ」
ラガに助けを求めようとした時には、もう声の届く範囲じゃなかった。
何、この超が付くくらいに垂直な上昇。なんかもう、万有引力とかその他の物理法則を総無視してるよ!
そんなことを思っているうちにも速度を上げて高い空へ。もー、落下じゃないんだからさあ。普通は逆なんだよ?
ラガで多少のことには驚かなくなったと思ってたけど、やっぱりスミレも驚愕モノだよ。
そう思っていたら何故かスミレの声が聞こえた。山以上の高度差があるはずなのに。
「あ、そーそー。上空につくまでは、瞼は閉じておくのよー。ちゃんと信じなさいよね」
え? そういえば……ちょっと待ってよ。
確か、ヒントには二から三へは信じる事って書いてあったけど。
思えばスミレを見つけたのは私が夢の出来事を真に受けて行動したからだよね。
それよりも前に『そこ』へ落ちたときにも、スミレはいたのに助けを求めなかった。
もしもの話だけど、本当はあの時も叫んでたんじゃないの? 私が、聞いてなかっただけで。
あの時はあそこが私の探していた目的地のはずがないって、拒んだばっかりに。
でも触手に捕まっていたらどうなったかわからない。少なくとも簡単には地上には戻れないよね?
普通はやっぱり、わかっててもあの場から逃げたと思う。助けの声がしたって掠れてたら幻聴だって思うし。
あの夢を見ていても武器がなかったら確認に行こうとはしなかったよ、私。だってなかったら太刀打ちできないもん。
触手が伸びてきた時はどうしようかと思った。どうにも出来ないと思った。
でも、後にしてみれば簡単なことだった。それは、RPGしかり。攻略に行き詰まると無駄に時間を食ってしまうけど。
この儀式は、私が意識して行動しさえすれば何でも簡単に出来るものなのかもしれない。
だったら軽くフローチャートを自分で作ってみよう。そうすればどこまで進んでるのか見当つくし。
名前を決めたら、ゲーム開始。まずは序盤、案内人その一の攻略まで。
メモの指示どおりに紅茶を飲む。するとラガが現れて自力で探せと言う。そして私が周囲を見回すとヒント発見。
うん、こんなところかな。で、次は判定条件を探し出さなきゃ。何をすればフラグが立って先へ進めない。
紅茶を飲まないことにはラガは出現しない。ラガが私に自力で探せと言わなきゃ、ヒントは見つけられなかった。
「だから……紅茶を飲む、ラガと会話する、探す。この三つが先へと進む鍵」
最近はあまりないけど、ファミコン時代はそういうずるい設定がよくあったんだよね。ソフトの容量の都合だとかで。
そんなに大きい物なら画面にあるはずでしょ、って物が画面には映ってない。明らかにグラフィックの倹約だよね。
あるいはボールの形をしてるのにそれが金の入れ歯だったりするし。ボール型のモンスターっていうのは面白いけど。
そういうことなのかもしれない。思えば、ああもすんなり『そこ』まで進めたのは私が疑わなかったからだ。
剣を入手した時だって、看板の文字を信じて行動したら上手く行ったし。
雷光一閃を手に入れたらフラグが立って、スミレへの道が開いた?
逆に言えば無意識の行動は全て空回りになる? でも、偶然というチャンスは用意されていない?
「そこへ行く、一度戻る、暖炉にあたる、探険する、剣を手に入れる、夢を見る、二回目にそこへ行く」
スミレに会うためだけでもこれだけの手順を踏む必要があった。キーポイントは武器を用意すること。
判定条件はラガの時と同じ。ちゃんと一つ一つフラグを立てていかないと先には進めない。
うん。これで中盤、案内人その二までの攻略は済んだことになるね。後は終盤、案内人その三を残すのみ。
ヒントには案内人その三については何も書いてなかった。でも、その人のもとへ辿りつく手がかりは書かれてる。
案内人その二を信じること。ただそれだけで良いけど、信じることが出来なければ先には進めない。
うん、とにかく目は閉じておこう。開けてたら痛いし。スミレの言葉通りだったね。
だから今は、スミレを信じて空の散歩を楽しもう。滅多に出来ない経験だもん。
だけど上空ってどこま行けば着くの? それに、空の上を歩いたり出来るのかな?
疑問は浮かぶけど、はちゃめちゃ過ぎるこの空間でならそれも可能な気がした。
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